ハーゼ/ボロディンとは?五輪銅から2026年世界王者へ

選手情報

2026年の世界選手権でペアを制したハーゼ/ボロディン。五輪では銅メダルだった2人が、約1カ月後には初の世界タイトルを手にしました。2人はどのように組み、2大会ではどの要素が得点を左右したのでしょうか。結成からの歩みと、ショートプログラム(SP)・フリースケーティング(FS)の内容を追います。

ハーゼ/ボロディンは2026年世界選手権を制したドイツ代表

ミネルヴァ・ファビエンヌ・ハーゼ/ニキータ・ボロディンは、ドイツ代表のフィギュアスケート・ペアです。2026年ミラノ・コルティナ五輪で銅メダル、同年3月の世界選手権で金メダルを獲得しました。

2人は別々のペア経験を経て2022年に結成

ハーゼは1999年6月10日、ドイツのベルリン生まれ。以前はノーラン・ゼーゲルトとペアを組み、2022年北京五輪に出場しました。現在のペアを組む前から五輪を経験していました。

ボロディンは1999年6月29日、ロシアのサンクトペテルブルク生まれ。ハーゼと組む前にも、複数のパートナーと国内外で競技に出場しています。ロシア生まれという出身と、現在ドイツ代表として出場している事実は分けて捉えたいところです。

現在の2人が組んだのは2022年10月。コーチのドミトリ・サヴィンの提案がきっかけでした。どちらもペア競技の経験がありながら、それぞれ異なる相手との道のりを経て新しいチームを作ったのです。

ボロディンのドイツ国籍取得が五輪への道を開いた

結成後、2人はドイツ代表として国際大会に出場しました。ただ、五輪に出るにはボロディンのドイツ国籍が必要でした。2025年8月21日に国籍を取得し、五輪出場資格の最後の条件を満たしています。

代表としての競技活動が始まった年と、国籍を取得した年は同じではありません。2024年の世界選手権銅メダルは、国籍取得より前の実績です。この順序を押さえると、2人の歩みを混同せずに追えます。五輪でドイツを代表するまでには、ペアとしての実績を積むことと、ボロディンが出場資格を整えることの二つの流れがありました。出身地と代表国、国籍取得の時期を分けて考えると、結成から五輪までの順序が分かりやすくなります。

世界選手権は2024年銅から2026年金へ

結成から世界王者になるまでの過程は、3年連続の世界選手権で端的に見えます。銅、銀、金と表彰台を一段ずつ上がりました。

2024年銅、2025年銀、2026年金と一段ずつ上がった

  1. 12024年は3位、210.40点。 結成から約1年半で世界選手権の表彰台に立ちました。
  2. 22025年は2位、219.08点。 優勝した三浦璃来/木原龍一組の219.79点に0.71点差まで迫りました。
  3. 32026年は1位、228.33点。ペアとして初めて世界選手権を制しました。

順位と合計点の上昇は目を引きます。ただし、年ごとに異なる大会の得点を、そのまま技術力の伸びを示す単一の物差しとして扱うことはできません。確かなのは、3大会続けてメダルを取り、最後に頂点へ届いたという結果です。2025年は金メダルまでわずか0.71点。その翌年に世界タイトルを獲得したことで、前年の接戦が3年間の歩みの一場面として見えてきます。2026年の228.33点は、2人にとって当時の自己最高の合計点でもありました。

グランプリファイナルと欧州選手権でも優勝した

世界選手権の間にも、大きな大会で実績を積みました。2024年のグランプリファイナル、2025年の欧州選手権で優勝しています。2024年の世界銅を一度きりの好成績に終わらせず、複数の舞台で優勝を経験したことが、2025年の世界銀、2026年の世界金へつながる流れとして見えてきます。

もちろん、優勝歴だけで世界選手権の結果を説明することはできません。五輪とその直後の世界選手権を比べると、同じシーズンにも演技内容の差がありました。欧州選手権では2025年に優勝し、五輪前の2026年は2位でした。どの大会でも常に首位だったわけではありません。上位争いを続けながら、世界選手権で最大の成果を出した経過として読むのが自然です。

五輪はSP首位から銅、世界選手権は両種目首位

2026年の2大会では、SPで首位に立った点は共通します。違いが大きく出たのはFSです。順位と得点を分けて見ると、五輪銅から世界選手権金への変化がはっきりします。

大会 SP FS 総合
2026年五輪 80.01点・1位 139.08点・4位 219.09点・3位
2026年世界選手権 79.78点・1位 148.55点・1位 228.33点・1位

五輪フリーはジャンプの失点で4位となった

五輪のSPは80.01点で首位。金メダルを狙える位置からFSに臨みました。しかしFSは139.08点の4位となり、合計219.09点で銅メダルでした。優勝は三浦璃来/木原龍一組、2位はジョージアのアナスタシア・メテルキナ/ルカ・ベルラワ組です。

FSでは、並んで跳ぶ連続ジャンプの2回転アクセルの一つに回転不足判定が付き、単独サルコウは1回転になりました。一方、空中で女性が回転するトリプルツイストはレベル4で加点を受け、リフトや投げ上げて着氷するスロージャンプにも加点が付いています。

つまり、ペアの要素は評価されながら、並んで跳ぶジャンプで得点を伸ばし切れなかったという見方ができます。銅メダルという結果を、演技全体が崩れたかのように捉えるのは正確ではありません。加えて、FSの技術点69.82点と演技構成点69.26点を足して139.08点。転倒による減点は記録されていません。順位を落とした理由を転倒に求めるのではなく、実際に実施したジャンプの内容を見る必要があります。

世界選手権はフリー148.55点で初優勝した

約1カ月後の世界選手権では、SP79.78点で首位。2位との差は0.33点でした。FSも148.55点で1位となり、合計228.33点で初優勝を果たします。五輪と比べるとSPの得点は0.23点低い一方、FSは9.47点高くなりました。

FSで課題がすべて消えたわけではありません。単独サルコウは本来の3回転ではなく2回転となり、着氷にも乱れがありました。それでも連続ジャンプを滑り切り、2種類のスロージャンプや複数のリフトに加点を積みました。世界選手権のフリーでは技術点75.53点、演技構成点73.02点を記録しています。五輪FSの69.82点、69.26点をそれぞれ上回りました。

この差を特定の一要素だけに帰すことはできません。ジャンプの取りこぼしを残しながらも、ほかの要素と演技全体で高い評価を集めたことが、FS首位を支えました。

世界選手権のSPでは2位のメテルキナ/ベルラワ組が79.45点で、差はごく小さなものでした。五輪と同じくSP首位というだけでは金は決まらず、FSの148.55点でリードを広げたのです。総合2位の同組は218.41点で、最終的な差は9.92点でした。

スローとリフトの加点が世界選手権のフリーを支えた

2人が上位で戦える理由は、迫力や相性といった印象だけでは説明し切れません。実際の要素の採点と、2人が語った演技への向き合い方を合わせて見ると、強みと課題の両方が見えてきます。

3本のリフトがレベル4、2種類のスローも加点

世界選手権FSでは、トリプルツイストがレベル3ながら加点を獲得。スロートリプルループとスロートリプルサルコウはそれぞれプラス評価を受け、リフトも3本すべてがレベル4でした。とくに2本のリフトには大きな加点が付いています。

五輪FSでもトリプルツイストはレベル4で、高い加点を得ていました。世界選手権の同じ技はレベル3だったことを踏まえると、「世界選手権では全要素が五輪より改善した」とは言えません。持ち味のペア要素を発揮しつつ、ジャンプの失点をどう抑えるかが両大会に共通する焦点でした。

世界選手権のFSでスロートリプルループは基礎点5.00点に1.79点の加点、スロートリプルサルコウは基礎点4.40点に1.89点の加点が付きました。リフトも、2本は基礎点7.00点にそれぞれ2.40点、2.70点を上積みしています。要素名だけでなく採点の中身を見ると、ペアならではの技で得点を築いたことが分かります。

五輪シーズン前には、スピードを増すこと、レベル4のトリプルツイストや新たなスロートリプルフリップにも取り組んでいます。ただし、練習で取り組んだ技と、世界選手権で実際に加点を得た技は区別する必要があります。

五輪と世界選手権の順位が示すトップペアの位置

世界選手権のSP後、ボロディンは、ジャンプやスローが終わったあとも最後まで集中を保つことを経験から学んだと語っています。ハーゼも、その日の演技で観客とつながれた手応えを示しました。これは試合へ向かう姿勢を知る材料になりますが、五輪後に特定のジャンプを修正した証言としては扱えません。

五輪では三浦/木原組が金、メテルキナ/ベルラワ組が銀、ハーゼ/ボロディン組が銅。世界選手権ではハーゼ/ボロディン組が金、メテルキナ/ベルラワ組が銀でした。2大会を通して表彰台に立ったことと、世界選手権でSP・FSをともに制したことが、当時のトップペアとしての位置を示しています。

なお、三浦/木原組は2026年世界選手権の上位入賞者には含まれず、2組の直接対決として結果を読むことはできません。

まとめ|ハーゼ/ボロディンは五輪銅から世界王者へ

ハーゼ/ボロディンは、別々のペア経験を経て2022年に組んだドイツ代表です。世界選手権では2024年銅、2025年銀、2026年金と順位を上げました。

2026年五輪はSP首位からFS4位となって銅。続く世界選手権ではSP・FSとも首位で、初の金メダルを獲得しました。世界選手権のFSにもジャンプの乱れはありましたが、スローやリフトなどで加点を積み重ねています。結果だけでなく、各大会のFSを見比べると、2人がどのように頂点へ届いたかが分かります。

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